2010年03月29日

26年目の『ローズ・トゥ・ロード』

今月3/27、新しい『ローズ・トゥ・ロード』が発売されました。
門倉直人さんによる、8年ぶりの新作となります。

『ローズ・トゥ・ロード』は、
いまを去ること26年前。ツクダホビーより発売されました。
アナログなルールと、サイコロやカードなどの判定システムを使い、人間同士の会話によって進めていくRPG……いまでいうところの「テーブルトークRPG」です。
(当時1984年には、コンピュータRPGのほうもそれほど一般的ではなく、また「ロールプレイング・ゲーム」という言葉すら一般的ではありませんでした。
 ただそれは「ロールプレイング・ゲームと呼ばれる、全く新しいゲーム」でした)

 当時の私は、中学生から高校生になる過渡期だったと記憶していますが、ホビージャパンの『タクテクス』誌の記事(高梨俊一先生の紹介や、安田均先生による『トラベラー』紹介記事)などを読んで、まだ見ぬ「ロールプレイング・ゲーム」に、地元静岡のゲーム仲間のみんなと共に、胸躍らせていました。

 そんな時期に、国産作品初のファンタジーRPGとして登場したのが『ローズ・トゥ・ロード』です。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(いわゆる「クラシックD&D」)の日本語版が登場する、前年の事でした。

 その時の私たちの、驚きとワクワク感というのは、なかなか説明が難しいです。
 この2010年においては「当たり前すぎて」言葉にしても、なかなか伝わらないかもしれません。
「自分自身の分身である、自分だけのキャラクターをつくることができる。名前も自分で決められる!」
「しかも、そのキャラクターは、冒険をすると『成長』していく!」
 しかし反面
「ゲームの中で『死んでしまう』こともある」
……つまり、『成長』も『死』も疑似体験できるのです。
 そして、
「冒険する舞台は、どこからの借り物でもなく『そのゲームのために創られた世界』!」
 ……だったのです。

 その世界の名は「ユルセルーム」。

 最初のルールブックの中には書かれていませんでしたが、その世界には、独自の架空言語があり、地名や固有名詞も丁寧に設定されていたことを、後に知りました。「ユルセルーム」は、その世界の言葉において「かりそめの大地」を意味します。

 当時高校生だった我々は何もかも初体験ですから、右も左も分からぬまま、付属されたシナリオに挑んでみました。何時間かかるゲームなのかもわかりませんでしたが、初めてみると「自分だけのキャラクターで、異世界を冒険する」体験に夢中になり、途中で止めることができませんでした。当時よくボードゲーム会の会場となっていた友だちの家で、文字通りの「夜通し」のプレイとなりました。夜が更けていくなか、ダンジョンの深部に迫っていったときの恐怖と興奮!
そして、塔から脱出するクライマックスの場面(付属シナリオ『ミレア塔の黒塔』をプレイした人ならわかるでしょう。あの」場面です)が、ちょうど現実の夜明けに重なる――ある意味『出来すぎ』の凄まじい体験でした。その夜のことは、いまでも、なにやら不思議で美しく、忘れがたい記憶となっています。

 その後、我々は『ローズ・トゥ・ロード』に夢中となり、ヒマがあればプレイをすることになります。同時期に日本語版が発売された『トラベラー』と共に、私の「青春のゲーム」となりました。
(翌年には『ダンジョンズ&ドラゴンズ』も加わります)

 おそらく私と同時代・同世代のアナログ・ゲームファンは、似たような体験をしている人が多いと思います。

 同時に自分にとっては、これは「異世界ファンタジー」との出会いでもありました。小説の分野で『指輪物語』や『ナルニア国ものがたり』『ゲド戦記』などを読んだのも、実は『ローズ・トゥ・ロード』を初めてプレイした「後」でした。
『ローズ』のプレイの、いわば「資料」として読みはじめた部分もあり、あるいは『ローズ』で「異世界ファンタジー」の魅力を知ったからという部分もあり、そこに明確な区別はなかったように思います。
 ともあれユルセルーム世界は、自分にとって「異世界への扉」であり、最初の一歩であったことは間違いありません。

『ローズ』と出会ってから、一年ほど後、
 鈴木銀一郎さんから「新しいゲーム雑誌を創刊するので、記事を書かないか」と打診を受け、書いたのが『七つの祭壇』という記事です。
(「素人同然の高校生」が、記事など引受けてしまったわけで、それが出来上がるまでは紆余曲折あり、当時の鈴木さんにも色々とご迷惑をかけてしまったのですが……そこは割愛します(汗)。なお「お金をもらって原稿を書いた」という意味での商業デビューは実はこの記事ではなく、それより一年ほど前の『日本機動部隊』のリプレイ記事になります)

『ローズ・トゥ・ロード』のプレイのひとつを記事にしたものです。それはゲームの記録でもあり、また物語でもあるという不思議な記事となりました。
 それは自分なりに「ロールプレイング・ゲーム」という「ゲームであり物語でもある」新しい何かと、そのなかでの体験を、なんとか紙の上で表現しようと試みたものでした。
(いまでいう「TRPGリプレイ」にあたるものです)

 そして、おそらくこの記事を書いたことが、現在の自分――「ゲーム」や「ファンタジー」というものを、お仕事にし、(何とか、ではありますが)自分が書いたものでお金をいただくプロの端くれである私――の出発点だったと思います。

『ローズ・トゥ・ロード』は、その後、
その時代ごとに、新作として何度もデザインされました。
1989年には『ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード』
2002年の『ローズ・トゥ・ロード』(同じ名を冠した新版)が、それぞれ、
門倉直人さんのデザインで発表されています。

また1993年には、驚くべきことに私自身が、
『ファー・ローズ・トゥ・ロード』のゲームシステム・デザインを担当させていただくことになりました。
(本作だけ、門倉直人さんご自身のデザインではないのは、当初コンピュータゲーム『忘れえぬ炎』のタイアップ商品として企画が出発した等の複雑な経緯があるのですが……結果的には『ローズ・トゥ・ロード』で、この世界へと入った私が、作り手側になった作品となりました)
 同じ制作スタッフの皆さんは、私と同じ「初代『ローズ』のプレイヤー世代」が多く、そういう意味では「受け手だった人間が、作り手側になった」作品だったと言えます。
『ファー・ローズ』の後書きにも書いたように、このゲームは当時ご一緒したスタッフ皆さんのアイデアや想い・愛情によって出来上がったもので、私個人のセンスや力量による仕事では決してなかったのですが……それを踏まえた上でも、やはり『ファー・ローズ』という作品は「ゲームデザイナーである自分」にとっても、忘れられない、とても「重要な作品」になっていると思います。

 そして、2010年3月の現在。

 門倉直人さんによって、また新しい『ローズ・トゥ・ロード』が、世に産み出されました。

 本としてのタイトルは、26年前と同じ『ローズ・トゥ・ロード』ですが、本の帯や本文の最初には、
『The Wander Roads to Lord』という名が謳われ、それが新しい『ローズ』の正式名称だと書かれています。
『ワンダーローズ』あるいは『Wローズ』という略称が推奨されています。
 これが新しい『ローズ』の名前です。

 帯で謳われている「まったく新しいローズ・トゥ・ロード」という言葉に偽りはなく、「ロールプレイング・ゲーム」というジャンルに対しても、まったく新しい内容となっています。

〈言葉〉を組み合わせ、〈世界〉を〈旅〉して、〈物語〉を創っていく

 そんな内容です。数値パラメータは存在せず、いわゆる判定システムもありません。

 私は、この『ワンダー・ローズ』を前にして、
 ひとりの「ユルセルームの旅人」として、ひそかに胸踊らせています。いまの私はかつての若者ではなく、日々の現実に追われる身ではありますが……。

 26年前の『ローズ・トゥ・ロード』、そして「ロールプレイング・ゲーム」というものに出会ったときの衝撃や高揚感に、やはり似たところがあります。

「物語の登場人物を、数字で表わすんだ!」「ダイスを使って、物語を判定したりするんだ!」と当時驚き、ワクワクしたように、

「RPGのキャラを、数字で表わさないんだ!」「ダイスを使って判定しなくていいんだ!」と、いま驚き、ワクワクしている……という表現が近いでしょうか。

 そして、常に流れていく時代のなかで「ただの復刻」ではない、
 こうして新しい『ローズ』に取り組み、世に出した、
 門倉直人さんに対して、
 ひとりの「ものを書く/語る」職業人の端くれの私としても、深く尊敬の念を抱く次第です。

 ……短くまとめるつもりが、つい長くなってしまいました。
 ここまで読んでくださった皆様。思い出話にお付き合い、ありがとうございました。

 もし興味を持ってくださったなら、この、
『ワンダー・ローズ・トゥ・ロード』を、
 あなたも手にとってみてください。

 私自身も、また、一人の
「ユルセルームの旅人」として、
 新しい幻想世界の、旅の扉を開こうと思っています。

『ローズ・トゥ・ロード』(エンターブレイン公式サイト)
『ローズ・トゥ・ロード』(Amazon)


【付記】
 門倉直人さんによる『Wローズ』のあとがきには、
 鈴木銀一郎さん、司史生さん、小林正親さん、井上鮭さん、梨里守さん、百木幸七郎さん、紘野一樹さん、吉野広行さんらと並び、藤浪の名も記していただいてますが、これは「企画初期に名を連ねていたこと」に対しての門倉さんのお心遣いだと思います。
『Wローズ』において、私は(大変残念であるのですが)――少なくとも、名を記されている他の方々に比べての実作業という意味では――殆ど関わっておりません。
 この作品に名を連ねさせていただいた名誉とは別に、クリエイターとしての良心において、ここに記させていただきます。
posted by とけねこ(藤浪智之) at 23:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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